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『McCartney II』
79年、ウイングスとして『Back To The Egg』をリリースしたばかりだというのに、ポール・マッカートニーは独りでレコーディングを行なった。
新生ウイングスを軌道に乗せたい時期だというのに、この行動はどういう意図だったんだろう。
しかし、この時に出来上がった「Coming Up」や「Wonderful Christmastime」を、ウイングスのツアーでも披露しているあたり、ウイングスとソロを明確に線引きしてないので、ポールにとってあまり大きな意味はなかったのかもしれない。
気分転換、遊び、くらいの感覚だったのだろうか。
けれど80年初頭、ポールが日本で逮捕された事件を受けて、ウイングスは急速に翼を畳み、なし崩し的に、前年にレコーディングされた楽曲をまとめて、ポールのソロ・アルバムがリリースされることになった。
この辺の、ウイングスの活動休止からポール・ソロ活動への流れを、当時のファンはどのように受け止めていたのだろう。
既に、ウイングスはもう終わりだという雰囲気はあったのだろうか。
「Coming Up」の心地良いリズム。転がるようなギターはどうやって思いついたんだろう。
突き抜けて能天気にも思える明るい曲。
たしかに、ウイングスとはひと味違う。
成功したい思いが強かったウイングスに比べたら、かなり遊びの要素が含まれている。
売り上げなんてどうでもいいじゃん、楽しければいいじゃん、みたいな。
この曲を聴いたジョン・レノンが「ポール、やりやがったな!」と嫉妬したというエピソードも好き。
時代を席巻し始めたテクノに挑戦した「Temporary Secretary」。
ピコピコ・サウンドに翻弄されながらも、アコギをリズムの軸にしているあたり、こだわりを感じる。
これまたふざけ気味というか、投げやりに弾けて歌ってる感じが好き。
「On The Way」はシンプルな演奏でブルージー。
ヴォーカルに深めのエコーがかかってるのも特徴。
これぞ一人多重録音、まさに宅録の肌触り。
「Waterfalls」はエレピの音色が印象的な、素朴で寂しさいっぱいのバラード。
こんなポールに、いつも愛おしくなるのだ。
「Front Parlour」はウキウキするような、テクノ・インスト。
「Summer’s Day Song」の優雅に漂う雰囲気のサウンドの濃さ。
インストかと思って聴いてると、ヴォーカルが入ってくる。
「Frozen Jap」は一番YMOぽいテクノ・サウンド。
日本の留置場では、朝の運動で全体行進とかやったのだろうか?
そんな光景が思い浮かぶリズムだ。
「Bogey Music」は、プレスリーを思わせるロカビリー。
「One Of These Days」はシンプルなアコースティック・サウンドで、いつもの平和なポールに安心感。
昔は、「Coming Up」くらいしか良い曲ないじゃん!とか思って、あまりにも自由に遊び過ぎたアルバムだと思ってたけど、聴き続けていくたびに、だんだん、ポールの新しい音楽に対する好奇心と、それまでのポールのキャリアから生まれる余裕とが絶妙に絡み合っていて、これもまたポールらしいアルバムなんだなと感じるようになった。
深みのある名曲というのは少ないかもしれないけど、楽しかったり素朴だったり、幅の広さも感じて、愛おしいと思える曲が増えてきた。
この肌触りは、まさに10年前の『McCartney』に似たようなものだよな、との思いに至った。
(2024.9.8)
『Tug Of War』
80年代を迎えたポール・マッカートニー。
日本での逮捕、ジョン・レノンの死、ウイングスの解散。
ポールを取り巻く状況は悪く、楽曲制作に影響してもおかしくないほどだったのに、何故にここまでの名盤を作り上げることが出来たのか。
前作『McCartney II』は実験作で批判的な声も聞こえ、そのまま迷走してしまう可能性もあったのに、方向性はガラッと変わり、王道ロックの見本のようなアルバムを作ることが出来た。
やはりそれは、ジョージ・マーティンをプロデューサーに迎えたことが大きい。
ウイングスの成功により、ビートルズの呪縛からも解放され、今の自分なら、またマーティンと組んだらどんなケミストリーが生まれるだろうかという好奇心があったのだろう。
マーティンの起用はジョンの死とは無関係で、まったくの偶然だったのだが、何か運命のお導きのような気もする。
壮大で感動的な「Tug of War」「Wanderlust」というバラード。
すぐにリンゴのドラミングだとわかる「Take It Away」や、軽快なピアノの「Ballroom Dancing」のノリの良さ。
寂しげな「Somebody Who Cares」や、切迫感のある「The Pound is Sinking」。
ジョンを追悼した「Here Today」。
カール・パーキンスとのほのぼのとしたデュエット「Get It」。
妖しげな世界へ誘う「Be What You See」。
ファルセットでピリリと辛い新味を出した「Dress Me Up as a Robber」。
普遍的なテーマで感動を呼んだバラード「Ebony and Ivory」と、跳ねまくるブラック・コンテンポラリーの「What’s That You’re Doing?」という、2曲のスティーヴィー・ワンダーとのコラボ。
偉大なる師匠・マーティンの前だと、しっかりしなきゃいけないとばかりに背筋が伸びて、優等生になるポール。
そんなポールの魅力を引き出すマーティン。
見事なコンビネーションだ。
捨て曲なしで、すべてが美メロでポップに仕上がっていた。
ジョンを失って、悲しみに暮れていた全世界のビートルズ・ファンが注目する中、ポールとマーティンがタッグを組み、リンゴまで参加したアルバムは、その期待に充分応えるものだった。
逆境に強いポールの底力を見た。
すべてがうまくいって、誰もが唸る名盤が誕生した。
(2025.1.17)
『Pipes Of Peace』
あなたは、出来の良すぎる兄や姉と比べられて、うんざりしてないだろうか。
自分にも優れたところはたくさんあるのに、どうも正当な評価をされないで生きていると。
ポール・マッカートニーにも、そんなアルバムがある。
兄弟のような前作『Tug Of War』。
そこでのコラボがスティーヴィー・ワンダーだったなら、ここでの相棒はマイケル・ジャクソン。
「Say Say Say」と「The Man」は、それまでのポールになかった新しいビートを吹き込んだ。
キリリと引き締まったメロディとサウンドがたまらない「Keep Under Cover」。
甘さと切なさが入り混じる「Sweetest Little Show」。
コミカルな要素も持ちつつグルーヴィーな「Average Person」。
ほのぼのとした「The Other Me」や「Hey Hey」。
そしてなんと言っても、3曲の素晴らしいバラード。
穏やかに平和を希求する「Pipes Of Peace」。
全編ファルセットでロマンチックな「So Bad」。
ただただ温かな愛に包まれる「Through Our Love」。
どれも優しさでいっぱいだ。
見た目(ジャケット)も含め、『Tug Of War』の方が優れているのは認めるとしても、このアルバムは決してダメな子なんかじゃない。
愛すべきところをたくさん持った良い子だ。
もし、『Pipes Of Peace』の方が『Tug Of War』より先にリリースされていたなら、ホップ・ステップ的な印象を与えて、どちらも凄いという評価になってたかもしれないと想像する。
それに、出来の劣った子ほど可愛いと感じる親もいるものだ。
(2025.1.30)
『Give My Regards to Broad Street』

ポール・マッカートニー、不遇の80年代のイメージを作ったのは、この辺りが起点になるかもしれない。
映画がコケた、というのが大きいんだと思う。
それでは、そのサウンドトラックはどうなのか?と問われれば、
これは素晴らしいですよと断言したい。
実際に全英1位になってるし、悪く言う人の気が知れない。
どうして、ここまで駄作のイメージが付いてしまっているのか...。
いきなり「No More Lonely Nights (ballad)」から凄いじゃないか。
哀愁と温かみ、情熱が入り混じるポール渾身のバラード。
デヴィッド・ギルモアのエモーショナルなギターも見事で忘れられない。
この1曲だけで大成功じゃないか。
「Good Day Sunshine」「Yesterday」「Here, There and Everywhere」といったビートルズ楽曲。
どれもクリアなサウンドで、生々しさを伴っている。
一層ゴージャスに彩られた「Ballroom Dancing」。
ビートが強調され、いかにも80年代サウンドに生まれ変わった「Silly Love Songs」。
「Wanderlust」「So Bad」「For No One」含め、ビートルズやソロのセルフ・カヴァーが多く、どれも一発録りのスタジオ・ライヴのような趣きなのが特徴だ。
それから新曲「Not Such a Bad Boy」「No Values」は、どちらもキャッチーでノリが良く、ガレージっぽい雰囲気を備えているのも忘れがたい佳曲だ。
「Eleanor Rigby〜Eleanor’s Dream」は、後半で展開するインスト部が大好きで、様々な夢を見させてくれる。
「The Long And Winding Road」は、オーケストラで装飾したフィル・スペクターを散々叩いていたポールが、ここではサックスやエレピをフィーチャーし、スペクターよりゴデゴテにしてるじゃん!というのが笑える。
最後は「No More Lonely Nights (playout version)」でお気楽に締める。
オープニングと同じタイトル曲でも、こうも雰囲気が違うものかと感心させられる。
ホラ、こうして、どこを取っても、聴きどころばかりなのだ。
とても失敗作には思えない。
聴いていると、リンゴがスティックを探し回ったりする姿や、キャッツ風に白塗りメイクで演奏する姿など、映画のシーンが色々と思い出される。
映像と音楽がセットになっているという意味でも、優秀なサウンドトラックだ。
映画がコケた理由としては、やはり夢オチだったのが原因か?
でも、久々に映画も観返したくなった。
思わずDVDを注文してしまった。
(2025.2.22)
『Press To Play』

ポール・マッカートニー、80年代低迷期の象徴?
これが駄作だって?
どこがだよっ!!
「Press」のワクワクするようなポップ・サウンドに胸踊らないのか?
これ聴けばゴキゲンに歌いながら地下鉄の中を徘徊したくなるじゃないか。
心が疼くような曲だぞ。
「Only Love Remains」は、ポール渾身の名バラードじゃないか。
温かくて壮大なメロディには癒される。
このアルバムを駄作と決めつける連中のせいで、この名曲が埋もれてるのが悔しくてならない。
この2曲だけでも、充分に存在価値があるアルバムなんだ。
他の曲?
じゃあ、紹介してあげよう。
「Stranglehold」は抑えたサウンドで始まり、サックスの音色が彩りを与えると、沸々と情熱が湧きおこるR&B。
「Talk More Talk」はいかにも80年代の混沌としたビート、キャッチーなサビの連呼で押してくる。
「Footprints」はアコギ主体の生々しさが、『McCartney』『Ram』あたりを彷彿とさせる素朴さが売りだ。
「Pretty Little Head」は混迷する80年代を象徴するかのような怪しさの中に、ポールのキリリとしたメロディが光る。
「Angry」はこれぞ王道ロックンロールで、ポールのシャウトが聴ける。
「However Absurd」で、なんかモヤ~ッとした感じで終わるのも、逆に粋だぞ。
いいですか?
『Tug Of War』あたりと比べちゃダメだぞ。
それはさすがに酷だ。
だけど、ジョンの死を乗り越えて、これからもミュージック・シーンの第一線で新しいことに挑戦していく気概を持ったアルバムだ。
駄作と決め付けて放り投げるようなことは、あまりにも愚かだと自覚した方がいい。
ポールはいつだって、スーパースターのポール・マッカートニーだ。
(2025.3.4)
『Flowers In The Dirt』
ポール・マッカートニーのアーカイヴ・シリーズは、それまで1枚も買った事なかった。
だって、リマスターで音が良くなってると言われてるけど、バカな耳の持ち主の僕には、音の違いなんて、どうせわからないだろうから。
今まで、リマスターされたっていうCD買っても、「ちょっと音が大きくなった?」くらいにしか感じないんだもの。
ましてや、スーパー・デラックス・エディションなんて、高すぎてとても買ってられません。
ですが、この『Flowers In The Dirt』の場合は、Disc 2が、エルヴィス・コステロとのデモ音源という事で、少し気にはなったんだよね。
これは今までとは違った趣なんじゃないか、って。
それで、とうとう買ってみたこのアルバム。
リマスターされたDisc 1を聴いてみると、案の定、僕にはあまり音の良さがわからない(笑)。
いや、ちゃんと旧盤と聴き比べしてみれば、きっと違うんでしょうけど、そこまでするのはめんどくさくて。
とりあえず聴いてみてすぐ、「うわあ、良い音になってる、感動だあ」なんて思う事はまったくなく。
聴き慣れたアルバムを、再び聴きました、って感じで終わっちゃいましたね。
これは、僕のCD再生環境が悪いのか、僕の耳が悪いのか。うーん。
こういうリマスター盤を聴いて、すぐに「いい音になったなあ」と感動できる人が羨ましいです。
それなら買い直した甲斐がありますもんね。
僕はわずかに、「Figure Of Eight」のベースの音がちょっと心地良く響いてくるようになったかな、って程度しか感じませんでした。
まあいい、お目当てはDisc 2です。
『Flowers In The Dirt』は、コステロとの共演うんぬんが強調されたアルバムでしたが、実際に聴いてみると、メロディのコステロからの影響はよくわからないし、肝心のコステロの声がちゃんと聴こえてくる曲はとても少なく、結局なんだかあんまり共演盤という気がしないアルバムでした。
なので、むしろ、デモ段階での音源の方が、コステロとの共作をより強く感じる事が出来るのではないか、という期待のもとに聴いてみたわけです。
そしたら、期待通り。
どの曲も、ポールとコステロのデュエットが聴けたのです。
これは、オリジナル・アルバムに収められた曲では味わえなかった感動です。
デモ段階という事で、バックはどれもピアノやアコギだけのシンプルな演奏なのですが、それもまたいい。
特に「So Like Candy」や「My Brave Face」の2人のデュエット、ハモリは鳥肌モンで、聴いててワクワク、嬉しくなりましたね。
そうです。
こういう、ポールとコステロががっつり組んで曲を作って演奏してる、ってのがはっきり伝わってくるのが聴きたかったのです。
さらに、これはデモ音源とは考えないで、これはポールとコステロが、少人数のお客さんを前に、アンプラグドで行ったスタジオ・ライヴの音源、と考えると、非常に興奮度が高まるのです。
『Flowers In The Dirt』の曲が4曲、
『Off The Ground』の曲が1曲、
コステロの『Mighty Like A Rose』の曲が2曲、
未発表曲が2曲。
曲数、収録時間は正直物足りないですが、その分、何度もリピートしやすいと思えばいいでしょう。
シンプルでラフな演奏なのに、2人が競い合って、共に歌ってるのを聴いていると、とても興奮しました。
これを聴いて、ああ、ホントにポールとコステロは一緒に音楽を作ったんだなあ、と、やっと実感できた感じです。
たしかに、この時の2人は、かつてのポールとジョンのようです。お互いを高め合ってます。
それを感じ取れただけでも、買って良かった。
ポール・ファンでもコステロ・ファンでも、どちらのファンでも満足できるDisc 2だと思います。
ただ、こういうのを聴いていると、当時、これらを正式な2人のデュエット・アルバムとして完成させて、リリースしていたら、もっと素晴らしいものが出来たであろうに、と夢想してしまいます。
それが実現しなかったという現実が、甚だ残念ではあります。
(2024.12.5)
『All The Best!』

僕がビートルズを聴き始めたのが1987年。
その頃、元メンバーたちは不振にあえいでいた。
ポール・マッカートニーも、映画『Give My Regards To Broad Street』が大コケし、その勢いのまま下り坂を降り『Press To Play』も売り上げ不振。
評論家筋からも酷評され、かつての栄光が薄らいでいる時だった。
ビートルズに興味を持ったばかりの僕は、あのポールでさえ、今はそんなにひどい状況なの?と、かなり悲しい思いを抱いていた。
そんな中でリリースされたのが、このベスト盤だ。
ベースに肘をかけてポーズを決めるポールのジャケットが素晴らしい。
レコード2枚組で3000円という価格も嬉しかった。
ポールのベスト盤は既に『Wings Greatest』を持っていて、知っていた曲もあったけれど、このベスト盤で初めて耳にした曲にも大きく耳を奪われた。
クセになるテンポの「Coming Up」。
素晴らしいコラボの「Ebony And Ivory」と「Say Say Say」。
極上のポップ・ソング「Listen To What The Man Said」。
情熱的な泣きのバラード「No More Lonely Nights」。
穏やかな「Pipes Of Peace」。
クールなディスコ「Goodnight Tonight」。
ポールはまだまだ良い曲たくさんあるなあと実感した。
そして、その中でも大きな感動を抱いたのが、
新曲の「Once Upon A Long Ago」だ。
温かな気持ちになるバラードだけれど、切ないメロディが光っていて、ホーンやギター・ソロに煽られて徐々に盛り上がっていく展開。
こんな素晴らしい曲が作れるポールの、どこが不振なんだ?ぜんぜん低迷なんかしてないじゃないか、と。
ポールの才能は未だ輝いていることを確信したのだ。
この曲を伴って、『夜のヒットスタジオ』に出演した時は、かなり嬉しかったなあ。
それなのに、ポールの評価が下がっている現状が、僕にはまったく理解出来なかった。
このベスト盤、CDとレコードでは収録曲と数が違うし、さらに、国によっても収録曲が異なるということを後から知った。
CDは、「Junior’s Farm」が入っている米盤を探して購入したっけ。
そんな感じで、すべてがベスト、すべてが最高のこのアルバム。
この後の『Flowers In The Dirt』からワールド・ツアーへと至る、ポールの復活の起点となった。
この作品があったからこそ、ポールを大好きになれたと思っている。
僕にとっては思い入れありまくりのベスト盤なのだ。
(2025.3.24)
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