KAN 『23歳』 人生の喜怒哀楽が愛しくも切ない最高傑作

僕は、世代的にはKAN直撃世代。
学生の頃、「愛は勝つ」が大ヒットしてました。
僕は、その曲にはそんなに惹かれなかったのですが、流行りの音楽には積極的に手を出してみるのが若者というもの。
ベスト盤を買いました。
そしたら、僕好みの曲がいくつかあって、「悪くないな」と好感を持ったものです。
「愛は勝つ」1曲で終わるアーティストではないな、と。

でもその後、特にきっかけがなかったものですから、深追いすることもなく。
かなり後になって「まゆみ」が大好きになったりして、いつかちゃんと聴こうと思いつつも、CDを買い揃えるのはハードルが高かったし、レンタル店にはベスト盤くらいしか置いてなかったりで。
いつかハマりたいとは思ってたものの、サブスクも全解禁してないし、気軽にオリジナル・アルバムにアクセスできない状況でした。
コツコツとCDを買い集めるしかないのかな、と。

そんなところへ、2020年、NEWアルバムリリースの報。
以前試聴してみた「ポップミュージック」がいい感じだったので、買う事にしました。
DVD付きなので、Amazonで割引き額が大きくなったら買おうと思っていたのですが、予約の段階では、あまり大きな割引きにはならず。
発売日を1ヶ月ほど過ぎて、ようやく3000円ほどになったので、この値段ならと購入しました。
そんな購入経緯だったくらいですから、大きな期待をしてたわけではなかったんですよね。

ところが。
KANは、想像以上のとんでもないものを作り出していたのです。

1曲目「る~る~る~」
いきなりビートルズ・テイスト満載の楽曲。
ギター・サウンド、掛け合いコーラス共に思いっきり初期ビートルズです。基盤は「Twist And Shout」ですが、他の曲の要素も多々含まれています。
タイトルの意味が謎なのですが、素晴らしいオマージュで、とにかくハッピー。
おじさんたちがライヴでビートルズ・ライクな曲を演奏してる姿は楽しそう。
ライヴで聴きたかったな。

2曲目「23歳」
明るくメロウなAORです。
ミュージシャンになる事を夢見てた大学5年生の23歳。これはKANの自伝的歌詞なのでしょう。
そして今、23歳の女の子に好意を抱いてるのでしょうか。
子供のような無邪気さも感じますが、「♪ そして気がつきゃ58歳」というのがちょっぴり切ない。

3曲目「ふたり」
ミディアム・テンポのKAN王道ラヴ・ソング。
和やかでのんびりムード。優しい感じが微笑ましいです。

4曲目「君のマスクをはずしたい」
TRICERATOPSを迎えてのハード・ロック。
タイトルから連想される通り、コロナ禍で、みんながマスク姿になってしまった事を嘆いて、怒っている歌です。
大好きな女の子の笑顔がマスクで見れない悲しさ。わかります。
マスクをするのが当たり前みたいに受け入れてた日本国民全員に聴かせたい。
コロナ禍が生んだ名曲です。

5曲目「キセキ」
ピアノ主体のバラード。
「♪ 例えば今ふと 隣で君がうつむいていても ほんの一瞬のスキをついて 君を笑わせる自信はある」という歌詞が好きです。

6曲目「メモトキレナガール」
エレポップなサウンド、ヴォーカルにエフェクトをかけているところなど、見事に中田ヤスタカ・サウンドへのオマージュで笑えます。
Perfumeに「不自然なガール」というのがありましたが、キレイナガール、メモトキレナガール、テアシホソナガールと歌われるこれはやっぱりPerfume。
そんなキレイナガールの事を想っていても、全然気に留めてもらえてないのが悲しい。「♪ きっといつかは結婚しちゃうんだろな」って、切ないな。
それに、何が飛び出すかわからないおもちゃ箱、高速のメリーゴーラウンドのようなポップ感覚はきゃりーぱみゅぱみゅ的でもあります。
中田ヤスタカ・サウンドをここまでまっすぐオマージュした男性アーティストって、KANくらいなものでしょう。

7曲目「コタツ」
カントリー・ロックです。
ここまで悲しい現実の歌詞ばかりでしたが、この曲では、恋が成就してるようです。
愛しの彼女が自分の部屋にやって来た、信じられない思いと幸福感がリアルな描写で描かれます。
部屋で二人、コタツ。とても微笑ましい。
そして終盤、その思いが興奮と共にスピード・アップしていくのです。

8曲目「ほっぺたにオリオン」
今度はジャズです。スウィングしてます。
歌詞に星座がたくさん出てきます。
KANの多重コーラスも見事。

9曲目「ポップミュージック」
シングルにもなってるディスコ・ソング。
裏打ちビートのこういう曲は大好きです。一目惚れしたこの曲が、KANにハマっていくきっかけとなりました。
めくるめく世界。間違いなくアルバムのハイライト。
「♪ ポッポッポッ」というサビがとんでもなくキャッチーで、耳にこびりつきます。
そして終盤の歌詞には「鳩」が登場する遊び心があって笑える。
とにかくグッド・フィーリング。
ライヴで踊りたかったなあ。

10曲目「エキストラ」
これぞKAN、渾身のピアノ弾き語りのバラード。
想いを寄せる相手が映画の主人公とするなら、自分の存在は単なるエキストラ。
「♪ 私にとっては大切な一瞬でも あなたに気づかれることはなくて 話の筋には何ら影響しない私はエキストラ」で、「♪ 大好きです 好きです」のリフレインが胸を打ちます。
手が届かないとわかっていても、陰から相手の事を強く想う、そしてそれでいいとも思う、素晴らしい曲で感動します。
結果的に、これがKANが遺した最後の大傑作バラードとなってしまい、今では違った意味での涙がほほを伝います。
この曲を生で聴けたことは、大切な一生の思い出です。

好きな曲BEST 3

第1位 「エキストラ」
第2位 「ポップミュージック」
第3位 「メモトキレナガール」

ある程度の期待はしてましたが、その期待を大きく上回る、素晴らしいアルバムでした。
いろんなタイプのサウンドが詰め込まれ、多彩な才能を見せつける名作。
普段、歌詞はあまり重要視して聴かない僕でも、どの曲の歌詞もすんなりと入ってきて、そのストーリーに引きこまれました。
もちろん、キャッチーなメロディも冴えていて、すぐに耳に馴染んだし、色彩豊かで鮮やかなアレンジも見事。何度も聴きたいと思わせる音楽。
華やかで躍動感もある。
捨て曲無し、全曲大好きです。
KAN、この歳にして最高傑作を作り上げたと確信しました。
笑えて泣ける、KANの神髄を見た気がします。

コレを聴いて、KANの全アルバムを聴いてみようと心に誓った僕は、中古で安く買えるCDはコツコツ集め、あまり中古で出回ってない2000年代以降のCDは新品を大人買い。
ライヴDVDも何枚も買い求めて、すっかりKANの魅力にハマりました。
たった2回だけでしたが、ライヴに行けて、本当に良かったです。

もうKANの新作が聴けないのはあまりにも悲しいです。
でも、残りの人生が短いことを見越して、神様はKANにこんな傑作アルバムを作らせたんじゃないかと思ってしまいます。
KANは「愛は勝つ」がアーティストとしてのピークではなかった。
最新作の最高傑作が遺作となりました。
KANの人生が詰まった『23歳』、愛しくも切ない名盤です。

KAN 『23歳』 TOWER RECORDS

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